やっぱり、道具としての筆記具が好きだなぁ

貧しい国の子どもたちが先進国から送られた筆記具に目を輝かせ、それを使って絵や文字を描(書)いている姿。テレビなどで時々目にしますよね。オイラはそういうのを見る度に、人は何かを描(書)きたいという潜在的な欲求を持っているのかなと思うんですよね。そして筆記具はそのための道具なのだと。

より良いものを望むのは当然のことですから、それを求めていつのまにか数が増えてしまうことは決して間違いだとは思いませんし、もちろん収集を目的としたコレクションも楽しみ方の一つだと思っています。ただ、描(書)くための道具としての前提じゃないとそれはもう筆記具とは言えないのではないかという気もするんですよね。

オイラ自身もシャープペンシルをコレクションしてますから当然その意味や楽しさも感じていますが、今でも道具としての追求は続いてますし、何よりもそれを使って「書きたい」という欲求が強い。中には道具としてではないコレクションも混ざってはいますが、基本的には道具であること、つまり使うことを前提としたコレクションでありたいと思っています。

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